”撞球論議”

”撞球論議”

*以下は、星神京介作『愛しきチェーザレ』より撞球論議の抜粋です。

撞球論議

「愛される君主と恐れられる君主、書記官はどちらを選ぶ?」
ビリヤードの球をつきながらチェーザレはマキャベリに問いかける。
「両方と答えたいところですが、恐れられる君主ですかね。」
「ほう。」
「人間は恐れられている人よりも愛情をかけてくれる人を容赦なく傷つける。『恐れ』は利害の影響を受けませんが、『愛情』は利害の影響を受ける。ならば自ら律することのできる恐れの手綱を握る方が賢いかと。」
「その通り。人の本質とは偽善的であり、与えるモノにも限りがあるからだ。」
どこか褒められた気がして、私は頭をかく。
「だが、それに加えて大事なことがある。何だと思う?」
「正しく臣下を表し、それに見合った礼を尽くすこと?」
「近いが、恨まれないことだ。」
「恐れられるが憎まれない?」
チェーザレは白球を突く。
無軌道に見えたそれは的確にボールを落としていく。
「その通り。市民や臣下の財産や婦女子に手をつけないこと。人の本質は親の死よりも自分の財産を失うことを忘れないことにある。だからこそ、我は自軍の略奪を許さない。それが傭兵であっても、だ。おまえ達がフィレンツェから初めて来たときに殺した男がいただろう。」
数ヶ月前のあの惨劇を思い出す。
「あいつは我の命令を無視して略奪を行った。人の本質は残忍であり、特に戦場では倫理観は機能しづらくなる。だからこそ我は率先して略奪行為をしないという規律を体現し、あやつの首をはねた。そして略奪を行われたモノに対する保証を行った。」
「世間的にはどうやら私は残酷だという評価らしい。だが、ロマーニャには平和が訪れた。」
コンコンとドアを叩く音が鳴り、使いの者が入ってきた。
「お話中申し訳ありません。ただいま反乱軍から和平を求める使者が到着いたしました。」
「ようやく来たか。」
「なぜ、和平を?」
くっくっくと笑い声を立てながらチェーザレは答えた。
「何、簡単な話だよ。彼らは我を殺すことが目的では無い。我から領地の保証を得ることが目的だ。」
「自分たちの領土が保証され、好き勝手できればそれで満足する。これ以上損害を増やして何の得がある?」
たしかに、と私は納得した。
兵力が増強されたチェーザレ軍と戦えば反乱軍の損害は膨らむ一方でなんの得も無い。
「目先にしか目が向かず、長期的な理想も抱けない。それは王の器とは言えない。」
「長く待った『時』が訪れた。刮目せよ、書記官。我は語らぬ王よ。汲み取るがお前の仕事ぞ。」
高らかにチェーザレは笑った。

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