【雑記】退屈を考える。

【雑記】退屈を考える。

皆さんは退屈を感じているだろうか?自分自身飽き性な面がある性分なので、どちらかというと退屈さを感じやすい方である。ヒトとしての最低限の機能を果たすために、マズローの最下層欲求である生理的欲求にあたる、食事・衣類・寝床といった生活に必需なモノが欠如する可能性は、現代日本社会において低確率と言える。(個々人の趣向は置いておいて)イベント、マンガ、アニメ、ゲームなど娯楽があふれる今日現在においても、不健全であると思いつつもどこか自分は飽きを感じてしまう。この飽きる、といった感情の本質はなんだろうと思いAmazonを探してみると、『退屈の心理学』と興味を引かれるタイトルの本を発見したのでご紹介したいと思う。

退屈の歴史を振り返ると、古代ローマ時代の哲学者セネカまで遡れるらしい。彼は、『退屈を日常生活の単調さがもたらす、吐き気を催すような嫌悪感』と定義したそうだ。退屈を構成する要素として、一つ目は不快な経験であること、二つ目は意味を感じられず、生きていることが空虚に思えることとも言い換えられる。要は人間が精神的に空虚と感じられることが退屈の本質らしい。

ではこの悪しき退屈とはなぜ存在しているのか。そこには生存に対する環境適応という考え方が加わってくる。あるヒトが作業をする場合を考えてみよう。作業とひとくくりにするにしても色々な作業強度がある。工場内での袋詰めのような単純作業から投資や経営判断を迫られるような高度な知的判断のものまで様々だ。この作業する過程において、単調さと制約という2つの概念の狭間で引き合って人間の作業効率は変化していく。負荷的な制約状態が長く続くと、ある種の順化状態が進む。(恐らく作業工程に対するシナプスが形成される。)すると作業そのものに対するエネルギー量が減り、単調さが生まれる。また、飽きやすいヒト(自分もこれに加わる)は情動を怖がり、情動を避ける傾向があるそうで、その代償として退屈を得るという考察もあるそうだ。(分かりやすく言えば、強い情動とは遊びの類型におけるアレア(ランダム性)にあたり、自分が予期しない状態に身を置く、ということにつながるため、不安傾向・保守的な傾向がある人は退屈しやすいというジレンマを抱えることになる。)

遊びの分類について触れています。

これだけ書き出してみると、何も良いことがなさそうだが、環境への順化と文明の発展という観点で考えると面白い。刻々と変わりうる環境に対して順化を行うことで生命を保持すること、飽きることを繰り返すことで人類は文明を作り上げてきたとも言える。仮に飽きる、という感情に満足し、たき火の前でゴロゴロするだけで終わっていたらここまで人類は発展していなかっただろう。退屈は内的な痛みだけではなく、潜在能力をフルに活用せよ、という重要なシグナルであるとも言い換えられるのではないだろうか?

そんな愛すべき退屈に対してどう接していけばいいだろうか?退屈とはあくまで内観的なシグナルであり、行動を促すだけで解決策を提示してくれないところがやっかいなところである。すなわちそのシグナルの解釈が本人自身に委ねられている点だ。自分も良くある話だが、手っ取り早く退屈を解消しようとして、SNSやネットに手を出すことは一見合理的に見えるのだが、退屈に対する本質的な解消手段となり得ていない。本書ではこれに対する答えとして自らをフロー状態に導くことを提唱している。フロー状態とは、ミハイ・チクセントミハイによって発見された人間の精神状態であり、ヒトが最も満たされるのは、何かに没頭して、それ以外の世界がなくなったように感じられる時だった、というモノだった。ある意味リラックスした超集中状態とも言い換えられるのではないだろうか?難しく考えなくても、スポーツやゲームに集中している状態や、初恋の頃好きな人のことしか考えられなくなっている状態もフロー状態に近いと言えるかもしれない。課題レベルを自分が楽にこなせるコンフォートゾーンから近すぎても遠すぎてもフロー状態を得られず、かえって退屈状態に陥る可能性があるため、ちょっとコンフォートゾーンから離れた課題設定を行い、その順化の過程をすすめることが自らをフロー状態に導くことにつながるのではないか、と考えられる。よりくだけた言い方を言い方をすれば、ややめんどくさいタスクをチャレンジし続けることが我々ヒトの幸福的な生き方とも言える。

充実感さえあれば、人生は生きるに値する。』とは『新・メシの食える経済学』で邸永漢さんが述べていたお気に入りの一文である。社会が成熟するにつれ、様々な可能性が許容される一方で、絶対的な正しさが見えずらい時代でもあると自分は考えている。自分がこれだ、と思えるモノがあればそれを追究し、自分のようになかなか見当たらないタイプは模索し続けるしかないのだろう。ジョブズさんの語っていた「Stay Foolish,Stay Hungry.」と言う言葉は人生の本質を突いていると言わざるを得ないのかもしれない。

Keep looking. Don`t Settle.
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