『熔ける、再び』がおもしろかった

『熔ける、再び』がおもしろかった

最近は暑さも若干和らいできた感じもするがバターのように溶けそうな毎日。溶けるにかけて『熔ける、再び』を読んでみた。

前作も読んだ気がするのだがあまり内容は覚えていなかった。知らない方のために説明すると前作と同様大王製紙の御曹司たる井川意高さんがギャンブルの果てに身を持ち崩す、といった内容が主だ。庶民の自分からすると起こっている内容が浮世離れしていてすごいなぁという感想が第一だった。動かすお金、人脈、社会的地位などあまり言葉として好きでは無いが上級国民といった言葉が本当の意味で当てはまる人なのだろうと感じた。著書の中にはA元首相なども登場する。(本書を読んでいただければ分かると思うが、A元首相の人脈の厳選の下りは結構おもしろい。)一部界隈で人気な恋愛工学の藤沢数希氏の恋愛工学の話が出てきたり、娯楽に飢える形でリベラルアーツを履修し直してみたり本書を読んでいると自嘲しているように熱意の矛先が上手く定まれば名経営者にもなり得たのでは無いか、という感想を抱かせる。

以前『戦前の金持ち』という本の中で薩摩治朗八という藤田嗣治のパトロンをしていた人物に若干の方向性は違えど似通った物を感じた。彼は自分の父親が形成した財産を元に芸術や日仏の架け橋となり、最後はお金を使い果たして帰国後浅草の踊り子さんと彼女の実家である徳島に帰ってつつしまやかに暮らしたそうだが、両者ともどこか散財の美学を感じる。よく商売は三代で潰れると言われる。創業者が死に物狂いで働き財産を作り、世代が変わるごとに徐々に実業から芸術や放蕩に移行し、だんだんと世相と祖業がずれが生じ商売ができなくなる、といったものだ。(トヨタや旧財閥系統などそれらを超越して未だに残っているのはすごいとしか言い様がない。)

これらに共通する破滅の美学、それが穏やかなモノであれ激しいモノであれどこか人を引きつけるのかもしれない。(だからこそベストセラーになっているのだろうが)事実は小説よりも奇、なんて言葉もあるが自分自身どちらかというとこうした世界から遠い存在が故に異世界に触れたような気持ちにさせてくれる、そんな本だと感じさせられた。面白い本だと思うので是非読んでみてください!

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